衆議院選挙
2009年07月14日
辞めることと責任を取るということ
今日はプログレから離れて、最近世論で話題の政界についてお話します。
昨日、麻生総理が衆議院解散総選挙の日程に言及しました。
やっと、という感じかと思いますが、どうにも出来なかった、というのが本音ではないでしょうか?
昨年の9月の前、前々総理の放り投げ辞任から引き継ぎ誕生した麻生内閣。
人柄は前福田総理よりよさそう、という期待感もあったものの、自ら選んだ閣僚の不祥事続きで泥船の船出となりました。
そこにアメリカ発の金融危機が勃発。
経済対策と言って定額給付金やエコポイントなど、面白いこともやられましたが、
予算、補正予算などを見ると、どう見ても「やけくそ」でしか映りません。
本当にこんなことで、将来の日本は大丈夫なのだろうか、と不安になります。
今の若い世代が一生懸命働いて、いい家に入り、車も持ち、
スペックの高いパソコンを買い、連休にはゆっくりと旅に出て、
少しばかり年齢を取ったとしても出来る仕事があり、
子供に夢と可能性を示せる大人になって、、、
世界に誇れる「日本」になるのだろうか、と思っています。
正直、難しいと考えざるをえません。
そうすると、人のことより、自分のことで精いっぱい、もしくは、
人のことなどどうでもよい(自分さえよければよい)という風潮になってくるのでは
ないでしょうか?
今日、このようなニュースがありました。
「自民動揺、古賀選対委員長が辞意 解散戦略、不満くすぶる」
自民党内で動揺が続いている。古賀誠選挙対策委員長は14日昼の総務会で、東京都議選など大型地方選での連敗を受けて「だれかが責任を取らないといけないので辞めさせてもらう」と述べ、辞任する意向を表明した。
古賀氏は国会内で記者団に「党内がまとまって麻生太郎首相が決めた日程で衆院選に臨むことが(辞める)条件だ」と語った。
同総務会では都議選で自民、公明両党が過半数割れした問題などが議論され、出席者から執行部の責任を追及する声が相次いだ。古賀氏は発言後に途中退席したが、尾辻秀久参院議員会長も「古賀氏が辞めるなら、私もいつでも辞める用意がある」と続けた。 (14:04) (NIKKEI NET)
また、このような記事も。
「東国原知事、出馬断念 自民総裁どころか都議選惨敗“戦犯”扱い」
宮崎県の東国原英夫知事(51)の次期衆院選への出馬が「消滅」した。東国原知事は13日、ビートたけし(62)から立候補を断念すべきと助言されたことについて「重く受け止めたい」とコメント。最終的な判断は「今の時点で即答できない」と話したものの、事実上の撤退宣言とみられる。都議選敗北の“戦犯”扱いされるなど踏んだりけったりの知事。東国原劇場は迷走自民党の巻き添えを食っただけの格好に終わりそうだ。
(中略)
12日、自民党の石原伸晃都連会長は都議選敗北について、東国原知事の出馬をめぐる騒動が影響したことを繰り返し言及。あたかも惨敗の“戦犯”が東国原氏であるかのように印象づけた。(livedoor ニュース)
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東国原英夫知事が「総裁の椅子をくれ」と言ったことの本心(戦略)は定かではありませんが、そういえば、4年前の衆議院選(郵政選挙)の時のライブドア元社長のほりえもんと勢いが似ているような気がしてなりません。
そもそも、勢いだけで国政って出来るのだろうか、と思いますが。。
東国原知事、橋下大阪府知事、中田横浜市長らの一連の動きは非常に期待感が持てます。幕末混乱期から日本国を造り上げた人も正に地方からです。
地方分権というよりは地方から国政を動かす、という図式にしていかないと、国として疲弊してしまうのではないでしょうか?
地方分権については、別に述べますが、先日の東京都議選の結果もこのような動きに類似しているのではないかな、とも思います。
つまり、有権者は今の国政に「あきあきしている」「期待しない」「興味がない」と思っているのではないでしょうか?
だから、一回民主党に政権とらせてやらせてみたら、という雰囲気かと思います。
さて、表題の件に戻りますが、
責任の取り方って何だろう、といつも考えますが、政治の世界での責任の取り方は子供だましとしか映らないのではないでしょうか?
古賀選対委員長辞任も、見方変えれば「次の選挙は間違いなく負ける。だったら今のうちに辞めとこう」というふうにしか映りません。
その前にもたくさん麻生政権で辞任した方がいらっしゃいますが、その後何か生計に
影響のあるような責任の取り方をされているのでしょうか?
会社であれば役員交代(つまり、クビ)や、降格人事になれば給与は下がります。
政治も何かあって、辞めることになれば議員辞職くらいしたらどうなのかな、とも
思います。
どんな人間でも過ちや判断ミスなどはあり、謝罪や辞めることというのはあります。
どうも政治家の責任の取り方は曖昧でならない、と強く感じてしまいます。
その結果、政治不信に繋がっているのではないでしょうか?
カステラの文明堂は明治33年に長崎の地で創業しました


昨日、麻生総理が衆議院解散総選挙の日程に言及しました。
やっと、という感じかと思いますが、どうにも出来なかった、というのが本音ではないでしょうか?
昨年の9月の前、前々総理の放り投げ辞任から引き継ぎ誕生した麻生内閣。
人柄は前福田総理よりよさそう、という期待感もあったものの、自ら選んだ閣僚の不祥事続きで泥船の船出となりました。
そこにアメリカ発の金融危機が勃発。
経済対策と言って定額給付金やエコポイントなど、面白いこともやられましたが、
予算、補正予算などを見ると、どう見ても「やけくそ」でしか映りません。
本当にこんなことで、将来の日本は大丈夫なのだろうか、と不安になります。
今の若い世代が一生懸命働いて、いい家に入り、車も持ち、
スペックの高いパソコンを買い、連休にはゆっくりと旅に出て、
少しばかり年齢を取ったとしても出来る仕事があり、
子供に夢と可能性を示せる大人になって、、、
世界に誇れる「日本」になるのだろうか、と思っています。
正直、難しいと考えざるをえません。
そうすると、人のことより、自分のことで精いっぱい、もしくは、
人のことなどどうでもよい(自分さえよければよい)という風潮になってくるのでは
ないでしょうか?
今日、このようなニュースがありました。
「自民動揺、古賀選対委員長が辞意 解散戦略、不満くすぶる」
自民党内で動揺が続いている。古賀誠選挙対策委員長は14日昼の総務会で、東京都議選など大型地方選での連敗を受けて「だれかが責任を取らないといけないので辞めさせてもらう」と述べ、辞任する意向を表明した。
古賀氏は国会内で記者団に「党内がまとまって麻生太郎首相が決めた日程で衆院選に臨むことが(辞める)条件だ」と語った。
同総務会では都議選で自民、公明両党が過半数割れした問題などが議論され、出席者から執行部の責任を追及する声が相次いだ。古賀氏は発言後に途中退席したが、尾辻秀久参院議員会長も「古賀氏が辞めるなら、私もいつでも辞める用意がある」と続けた。 (14:04) (NIKKEI NET)
また、このような記事も。
「東国原知事、出馬断念 自民総裁どころか都議選惨敗“戦犯”扱い」
宮崎県の東国原英夫知事(51)の次期衆院選への出馬が「消滅」した。東国原知事は13日、ビートたけし(62)から立候補を断念すべきと助言されたことについて「重く受け止めたい」とコメント。最終的な判断は「今の時点で即答できない」と話したものの、事実上の撤退宣言とみられる。都議選敗北の“戦犯”扱いされるなど踏んだりけったりの知事。東国原劇場は迷走自民党の巻き添えを食っただけの格好に終わりそうだ。
(中略)
12日、自民党の石原伸晃都連会長は都議選敗北について、東国原知事の出馬をめぐる騒動が影響したことを繰り返し言及。あたかも惨敗の“戦犯”が東国原氏であるかのように印象づけた。(livedoor ニュース)
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東国原英夫知事が「総裁の椅子をくれ」と言ったことの本心(戦略)は定かではありませんが、そういえば、4年前の衆議院選(郵政選挙)の時のライブドア元社長のほりえもんと勢いが似ているような気がしてなりません。
そもそも、勢いだけで国政って出来るのだろうか、と思いますが。。
東国原知事、橋下大阪府知事、中田横浜市長らの一連の動きは非常に期待感が持てます。幕末混乱期から日本国を造り上げた人も正に地方からです。
地方分権というよりは地方から国政を動かす、という図式にしていかないと、国として疲弊してしまうのではないでしょうか?
地方分権については、別に述べますが、先日の東京都議選の結果もこのような動きに類似しているのではないかな、とも思います。
つまり、有権者は今の国政に「あきあきしている」「期待しない」「興味がない」と思っているのではないでしょうか?
だから、一回民主党に政権とらせてやらせてみたら、という雰囲気かと思います。
さて、表題の件に戻りますが、
責任の取り方って何だろう、といつも考えますが、政治の世界での責任の取り方は子供だましとしか映らないのではないでしょうか?
古賀選対委員長辞任も、見方変えれば「次の選挙は間違いなく負ける。だったら今のうちに辞めとこう」というふうにしか映りません。
その前にもたくさん麻生政権で辞任した方がいらっしゃいますが、その後何か生計に
影響のあるような責任の取り方をされているのでしょうか?
会社であれば役員交代(つまり、クビ)や、降格人事になれば給与は下がります。
政治も何かあって、辞めることになれば議員辞職くらいしたらどうなのかな、とも
思います。
どんな人間でも過ちや判断ミスなどはあり、謝罪や辞めることというのはあります。
どうも政治家の責任の取り方は曖昧でならない、と強く感じてしまいます。
その結果、政治不信に繋がっているのではないでしょうか?


